木偶通信

令和5年6月号

 子供たちの描く絵や文字に驚きと面白さを感じます。わたしたちはどうしてこのように複雑な言葉を話すことが出来るようになったのでしょう。 
 生まれて間もない赤ちゃんは身体を使って外界の物に触れていきます。お母さんのお乳を湿らせたガーゼと よそのお母さんのお乳ガーゼを左右に置くと自分のお母さんのガーゼに反応を示します。お母さんが口をとんがらしたり舌を出したりすると同じようにまねをしていきます。
 まねをすることを先天的に持っているようです。周りの音に対しても反応を示していきます。たくさんの情報を五感を通して感じ取っていきます。
 言葉はどのようにして身につけていくのでしょうか?
養育者から赤ちゃんに対して声かけがなされます。その音に反応していき、その聞いた音と赤ちゃんの発声が徐々に発達していくと同じ音声が発せられるようになります。言葉の学習、第一歩の始まりです。
 自然の音は聞いていると長く続いていきます。どこかで区切りを見つける必要があります。音と音の間であったり、繰り返しのところで区切りを見つけます。息が続くまでで音が切れることもあるでしょう。赤ちゃん言葉で「ワンワン」「ブーブ」「いないいない」と同じ音が繰り返されると音を取りやすいので、言葉を覚えさせるのに有効なのかもしれません。擬態語擬声語(オノマトペ)は脳に直接働きかけ、イメージを喚起させやすいのです。人形劇団木偶の「ゆかいなピエロ」シリーズは(ドゥビドゥビ)というピエロの言葉だけでお話が進みます。場面と登場人物の関係性で、それぞれの子供たちがイメージを膨らまします。年少さんから観続けることが出来ます。
物の名前を覚えるには、その物の特徴を(色や形、におい、どう感じたか)経験を踏まえて認識します。3歳児にもなると語彙が増え、たくさんのおしゃべりをするようになります。「プライドも見栄もあります3歳児」毎日新聞に載った川柳です。社会との関係で複雑な思考を持つようになります。
 ある3歳の女の子のお姉ちゃんが平仮名を覚えて帰ってきました。言葉を発しながら文字を書く姿を見て、自分も文字を書き始めたのです。まねる→まねぶ→まなぶ、の瞬間でした。文字を覚えたばかりの子供が、鏡文字を書く姿を見ることがあります。これは日本だけではなく外国の子供も同じように鏡文字の時代を過ごします。
 人類が文字を使うようになって僅かの時間しか経っていないことに原因があります。サピエンスが発生して20万年、言葉を使うようになって7万年、文字を書くようになって6千年、一般的に書き文字が使われるようになるには数百年とわずか3%の時間しか経っていないのです。文字を認識する脳の部位は顔や物を認識する場所と同じです。顔や物は右から見ても左から見ても上から見ても、同じ物だと認識できます。「さ」「ち」も鏡文字になっても本人はおなじものととらえています。ところが「p」「q」では意味が違う物になってしまいます。「さ」「ち」も同様です。社会のルールにあわせて行かなければなりません。新たに正しい書き方を覚えなければなりません。当然脳の処理が多くなっていきます。よって書き文字を苦手とする人たちがいても不思議ではありません。
ディスレクシア(発達性読み書き障害)は英語圏では10~15%いるといわれています。ステーブン・スピルバーグやトム・クルーズもディスレクシアでトムは他の人に台本を読んでもらい、それを覚えてお芝居をするそうです。
 絵を描こうとするとき、特徴をことばで思い出し、イメージを作り、絵にしていきます。言葉が増えていくとイメージがはっきりして、絵が描けるようになります。
1~2歳にクレヨンを持たせると、画用紙に色がのっていくことを楽しんでいるようで、絵を描いている認識はありません。
3~4歳 「人ってどんなもの?」と聞きますと、「顔」があって「手」「足」があると答えます。知っている言葉から、顔に直接手足が生えている絵を描きます。(頭足人間)
5歳 特徴を口にしながら具体的に描けるようになり、他の人にも分かるような絵を描けるようになります。(共通語)に絵が近づいていきます。でも言語に精通した人が絵が上手とは限りません。正確な写実的な絵はその物をよく見て描く技術を身に着けなければ描けないからです。
 絵でも言葉でも、その時代と社会にあわせて学習していくことで共通言語を身につけていきます。子供たちには五感に刺激を与える経験を 楽しく・面白く・愉快にさせたいものです。

 人形劇の人形で、どのようなキャラクターを創ろうか、演じるための表現をより良くするため、どのような構造にするか、材質は、質感はといろいろ考えます。構想がまとまるとデザインを実寸大に描いていきます。その材料を集め製作にかかります。頭、衣装(体)、手等の部品を造ります。そして組み立て、ここでは自分の手に合わせたサイズ、長さの調整をしていきます。具合が悪いときには、部品を作り直すこともあります。頭の操作部分、手の差込がしっくりいかなくて直すことが多いのです。不思議と衣装はデザイン通りにいきます。型紙に起こして裁断し縫い合わせます。何百体も造ってきた中で直感的に型紙が出来るようになってきました。経験の蓄積は財産ですね。
一体の人形が完成するまでに、たくさんの道具が使われます。紙に鉛筆定規、ナイフ彫刻刀のみ、布ハサミ、糸針、ミシンや電動ドリルのような機械も使います。私の仕事場は道具であふれかえっています。有ったら便利だと言う理由で、ため込んだ道具たちです。おかげで仕事が早くできる様になりました。
 ものつくりには[手順][段取り]が重要になっていきます。完成形をイメージして順番に作業していく。人類はこのような能力をいつ頃から身につけていったのでしょう。
 今から3万年ほど前、ホモサピエンスは船を造り海を渡りました。大型動物を追い求め極寒の地、北緯七十五度のシベリアの方へも進出移動していきます。シベリアの大地の寒さに耐えられない人類は生きるため食べるためいろいろな工夫をしていきます。寒い土地で行動するために火を使っていました。身体に毛が少なかった人類は、他の動物の毛皮をはおり寒さをしのぎます。ただ羽織るだけではなく縫い合わせ冷気を防いでいたのです。それには糸と針が必要でした。その縫い針が骨のケースの中から発見されました。(縫い針は5万年前の地層からも、出土しています。糸は動物の腱・植物の繊維などです。)

毛皮を縫い合わせる
ホネで作った針の造り方手順

 工程① 動物のホネに溝を掘る
 工程② 細いかけらを割り出す
 工程③ 削って形を整える
 工程④ 糸を通す穴を開ける

 石器などを使って大きな骨から、棒状のものを削り出します。
石を砥石のように使って先端を尖らし、堅くて細いキリ状の石で針の穴を削ります。これで縫い針の完成です。手順を知っていれば私たちにも簡単に作ることが出来ますが、当時のことを考えてみれば大変な作業だったと推察できます。
 完成形をイメージして作業をしていく、この事がものつくりに大きな役割をはたしていきます。道具のための道具が造られ、新たな道具を生み出す、便利なものが生まれ、今日の私たちの生活に満ちあふれています。
 道具作りの時、脳のどこが活動しているかCTスキャンで調べてみるとブローカ野が反応していました。ブローカ野はかつて言語をつかさどる部位とされていましたが、現在は音を組み合わせて音節言語にして使ったり、手順を追って道具を造ったり、手の形をいろいろに変えて手話をしたりする場所と考えられるようになりました。形・色・音を組み合わせて順番を追って新たな表現をしていく創造性の基本となる部位がブローカ野だったのです。
 私が小学校の頃『計数器セット』が配られました。今は『算数セット』と言うそうですが、たくさんの部品が入っていて、母が1つ1つ名前を書いて他の児童のモノと間違えないようにしてくれていたことを思い出します。今はネームシールが売られていてパソコンで印刷し張っていくだけで済むという便利な道具も販売されています。
 それらの組み合わせで手順・順番・組み合わせを学習していきました。子どもにとっては遊びだったのですが。フレーベルの『恩物』やモンテッソリーの『教具』も同じような役割を持っていました。先人達の知恵と認識には脱帽します。繰り返し繰り返し、ものに触れたり組み合わせたりすることで子供たちの宇宙は広がっていきます。
『算数セット』と名づけられていますが、この遊びを通して言語野の発達も促しているのです。
 ブローカ野は運動を指令する前頭葉にあります。話すという行為も運動なのです。手順を追って道具を作ることも運動です。言語を表出をする場所でもあります。発話や、文を構成したり、言葉を発する際の舌の筋肉の動きを指令する、アウトプット用の運動性言語野です。
 ウェルニッケ野は音を聞く、認識する能力を持っています。相手の言葉を理解したり、話し言葉の長期記憶を蓄える感覚性言語野です。聞いた音を認識して発話することが出来るようになるためには、ブローカ野とウェルニッケ野が神経細胞でつながれていなければなりません。それぞれのどこかが故障すると『失語症』になります。

 目で見た      信号伝達
 視覚野    認識        →運動に置き換え  →表出
 聴覚野   ウェルニッケ野→神経回路→ブローカ野  →運動野
音を聞いた
 
 物事を認識し、筋道を立てて形を作っていく能力。思い考えたことを言語によって表現していく能力。遊びという経験を通して繰り返しつみかさねて行かなければ身につかないようです。